私は今回、豆の木にZEROZIBAの米田さんの協力のもと参加させていただきました。
豆の木に参加して感じたことは、私にはこの教育は受け入れがたいというものでした。
いや、正確には「受け入れたくない」ですかね。
私は豆の木の子供達ぐらいの頃から強制的に勉強で競争する環境に入れられました。そして、選択肢も増え、強制力も弱まったといえど、今も同じような状況にいます。
今の日本の教育は人に教えられて全てをまずは平均的に出来るようにすることが良いとされています。一方で、豆の木は自身でやりたいことを考え、それを自ら行う教育を重視しています。それを理解して私はとてもモヤモヤした気持ちになりました。その時は理由がわかりませんでしたが、米田さんとの談笑で、その理由が少し浮き彫りになってきました。
私は、とても人と比較してしまう人間です。そして、出来る限り勝ち組になりたいと思っています。だから、学歴や就職を他人より有利に進めたい。そのため、挫折すると負け組になったと感じ、自己否定をし、どうにか勝ち組になれないかと模索します。恐らく、この考え方を私は無意識に他人にも押し付けています。そのため、豆の木の子供達の無邪気な姿を見ていると、「自分が子供の時分に許されなかったことが、この子達には許されている。なぜ?」と嫉妬してしまうのだと思います。
私は競争社会の中で比較されながらに勝ち得た評価を簡単に捨てることはできません。ですが、豆の木のように、比較されず、一個人として評価されて育った子供は、大人になっても自身のモチベーションで成長出来るのだろうと思います。
この教育が広まっていけば、他人と比較せずに自身の力で幸せを掴める大人が増え、社会の幸福度も上がっていくと思います。私は、この教育方法には恵まれなかったので、比較基準を撤廃するのに大変な困難を擁しますが、これから教育を受ける子供達には少なくとも競争とは無縁の教育を受けてほしいと思いました。
投稿者 :西村 源